2013-03-14

タンジェ(モロッコ)

北アフリカアラブ圏の最西の国モロッコ。
その時はスペイン語とギターを習うつもりでスペインのグラナダという町に4ヶ月ほど滞在していたのだけど、正直モロッコに自分が行くとは思ってもなかったが、語学コースで知り合った日本人留学生に強引に誘われ全く予備知識もないまま行く事に。。。
なんでもサハラ砂漠で一泊したいというのがその人の計画だったらしく(今思うと始めはそれさえ告げられていなくて旅程も不明。。。)ともかくグラナダからアフリカ大陸へのフェリーが出ているアルへシーラスという町にバスで行った。
ちなみにこのアルへシーラスという町は自分の好きなギタリストの出生地なので妙に感動した、多分モロッコ行かなかったら行く事もなかっただろうし。
フェリーの切符を買いに友人が去った後に強い日差しの中ぼーっとしていると、後ろから急に「すいません、日本人の方ですか?」とがっちりした男性に急に日本語で声をかけられた。
「はあ、そうですが」
「これからモロッコいくんですか?」
「どうやらそういう展開みたいなんですよ、実はよくわかんないまま来たから。。。」
みたいな月並みな旅行者挨拶をしているところに友人が帰ってきた。
ひととおり紹介して、逆になぜ彼がここにいるのかを訪ねたところ、
「オレの代わりにアフリカが見えるとこまで行って、手を振ってきてくれ!」
と会社の上司に頼まれたのが理由らしい、なんて律儀な人だ。
それまでの旅行話などをしてるうちに、特に予定のなさそうだった彼も旅は道連れでモロッコ旅行に帯同することになる。

2時間ほどフェリーに乗ってタンジェという港町に到着。
船の甲板から下を見ると早速旅行者狙いの客引き集団が手ぐすね引いて待っている、しかもなぜか警察もいる。
船上で計画した通りに船から降りたら一言もしゃべらずに早歩きをして、追いすがる集団を振り切ろうとするが10人くらいに囲まれるとさすがに歩みが遅くなる。
こちらの歩みが遅くなったところに一気にホテルの斡旋を畳みかける客引き達だが、そこでなんとそこにいた警察が彼らを一蹴。
しかし逆に自分の知り合いのホテルを斡旋し始めるというなんとも断りずらい環境を作られる、なにせ相手は異国の警官である。
とりあえずホテルの名刺をもらい様子を見ると、なんと普通の客引きのようにホテルまで付いてくる様子がなく安心して笑顔で別れ、ガイドブックを頼りに宿を探すと一泊一人500円という値段に友人が惹かれ始め仕方がないので一泊目はそこで譲歩する。

それにしても窓がないし、部屋のライトは赤いし、トイレは紙がないインド式だしで値段相応、当然あまり部屋にいたくないので散歩に出ることにする。
勝手にガイドを始めて最後にそこそこな料金を請求する、というガイドが手ぐすねを引いて待っている事で名高いメディナと呼ばれる旧市街区を目指しつつ、露店やバザーを見たりするが例によって法外なふっかけ商人に捕まったり、通行人が泡を吹いて歩いていたりと予想通りどこまでも油断ならない散歩になる。
メディナにつくと早速真っ黒い小男が勝手にガイドを始める、もちろん断っても話し続ける押し売りスタイル。。。
しばらく無視して歩いていたのだが友人の一人が根負けしてその小男を日本のコメディアンの某に似ているとか言い始め、ガイド料は自分が多めに払うから経験として雇ってみようと提案をし始めた。
まあこの時点でほぼ通訳状態になっていた自分としては同行者にむしろここでショックを受けておいてもらった方がいいと思われたので、後にふっかけてくる可能性が95%以上のそのガイドを敢えて雇うことにする。
そして30分程歩いて少し人通りがなくなった辺りでガイドは終了を告げ、予想通り中々の料金を告げてきた。
「ほらきた、どうする?」
と同行者に聞くと案の定青い顔して困っているのでとりあえず値下げ交渉に入ると、こちらのガイドも案の定今までの作り笑顔が消えてあたかも役者の如く不愛想な顔を瞬時に作って、態度も芝居がかったぶっきらぼうさを強調し始める。
同行者はタバコを与えてまけさせようとしたりして言葉の通じない誘いに乗る難しさを肌で感じたようだし、もう大分いい勉強になったようなので交渉を終わらせに入る。
そもそもこちらは3人で相手は一人なので、少しずつ人通りがあるところまで話しながら戻り、さすがにその時には小男も大分軟化していたのでなんとかひどくない額で交渉が成立し一同安堵。
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2013-03-14

マラケシュ(モロッコ)

翌日タンジェを出て首都のマラケシュまで汽車で行く、といっても10時間もかかる。
今思うとその中間くらいにある都市カサブランカを訪れればよかった気もするけど、モロッコは広いのでまずは元気なうちに砂漠に行こうという計画。
汽車は本数が結構出ているようでなんなくチケットを購入し乗り込んでみると、4人の向かい合う席にすでに小奇麗な女性が座っているので相席制度だと理解する、女性はカサブランカで降りていった。

マラケシュに着いてホテルで砂漠ツアーの申し込みをしている時、カレンダーを見ている友人が急に「あれっ?一日足りない?」と言いだした、嫌な予感がする。。。
当初の予定ではその月の25日に出て、31日にスペインに帰るという予定(友人は翌日1日のスペインのマラガ発ベルギー行きの飛行機に乗る予定だった)がなんとその月が31日まであると勘違いしていたようで(実際は30日しかなかった)南モロッコにあるサハラ砂漠まで行って帰ってくるには、足りない1日分の移動をどこかで稼がなくてはいけなくなってしまった。。。
ツアーは砂漠付近の町での一泊と砂漠での一泊の二泊三日が最短なので可能ではあるが、砂漠は最南端でスペイン行きの港は最北端なので一日移動は無理なので、砂漠後に北上してムリしてフェズという町まで行くプランをホテルの人に聞いてみると追加料金を払えば可能だということだ。

というわけでせっかく10時間かけてきた首都マラケシュも一日のみ、夜できる数少ない観光と思われるナイトマーケットに行くことにする。
フナ広場での生オレンジジュースが有名だと言う友人の情報を元に行ってみると、本当にオレンジジュースの屋台が20軒ほど並んでいてすごく安いので、何軒かハシゴして飲みまくりイスラム国家故に手軽にビールが飲めないストレスを解消する。
屋台村もあり、文字通りの炭火焼き肉(おそらくヤギかヒツジ)やつくねの様なシシュケバブ等があり堪能した。
それにしてもどこを歩いても夜は男性しかいない、正直不気味でこの感覚は来てみないとわからない異文化感がある。

2013-03-15

サハラ砂漠(モロッコ)

ミニバンに乗ってワルサザードというなんとも幻想的な名前の街を目指して出発する、車のBGMはモロッコ・ポップスで気分も満点である。
以前「バベル」という映画を見たのだけど、そのモロッコ編に出てくる街がワルサザード近辺のはず。
町は目立った観光スポットは無さそうだが砂漠ツアーの観光者が絶えないのか活気がある、ホテルも今までのとは違ってくつろげる広さだった。

翌日あまりに熱い車中で中途半端に暖かくなってしまったおいしくないミネラルウォーターをムリヤリ体に流し込みながら半日かけて砂漠へ到着、車を降りるとラクダ達が待っていて、他のツアーグループと合流してキャラバン(商隊)気分を味わった。
始めの30分はみんな元気だったけどあとの1時間半はラクダ上で干物状態、だがなんとか目的地のキャンプが見えてきて歓声があがる。
目的地である砂漠のど真ん中に到着、夕方くらいに着いたからちょうど日も落ちてきて幻想的かつあまりに広大な風景に圧倒される。
するとツアーに参加していたアメリカ人グループの一人がいきなり叫びながら、近くにある砂丘に突っ走っていき物凄い勢いで登り始め、それを見ていた他の人もまるでそのために砂漠に来たかの如く一斉に砂丘を登り始めた。
そして砂まみれになりながらみんな夢中で登ってなんとか頂上につくと、そこには先ほどの広大な風景以上に広大な風景が待っていた。
果てしなく続く海のような広大な砂漠と波頭のような砂丘の頂上線、それを彩る夕暮れの落日。
「昔のキャラバン(隊商)はこんなところを歩いていたのかな?」
「今盗賊に襲われたら逃げ場はないな(実際未だに出るらしい)」
とか妄想が止まらなくて、15分ほど無言になってしまった。
キャンプに降りる時に先ほど一番乗りした人が今度は体を横にして砂まみれになりながら砂丘を転がり落ち始めた。
さすがにこれは何人かしか真似しなかったけど。。。

夕飯はキャンプファイヤー状態で現地のベルベル族と思われるガイド達が作ってくれた料理を食べる、しかしやはりイスラムの教条で禁止されている酒は出ない。
だがここでマリファナ(大麻)という代用嗜好品の存在がクローズアップされる、例えばインドでもヒンドゥー教が飲酒を奨励しない事もあったりイスラム教徒が多いという事もあり、モロッコほどではないにしてもマリファナは酒が飲める国に比べて社会的に気嫌いされていない。
というわけで専用の水パイプまで持参してアメリカ人グループは宴を開始したようだ、幸か不幸か自分は同じミニバンで同行していたカナダ人の家族と一緒にいたのでその子供達の手前もありあちらのグループに絡むのはやめておいた。
ちなみにそこでのトイレは皆が見えない真っ暗なとこまで歩いてテキトウにするという限りなく原始的なスタイルであった、もちろんペットボトルの水で手動ウォッシュレットが文化的にも環境的にも望ましい。