2016-05-30

サンパウロ3(ブラジル)

さて、ブラジル最後の日はサルバドールから首都のブラジリア経由でサンパウロから出国である。
サルバドール発が正午、ブラジリアで2、3時間待って、サンパウロに夜着いて、夜中にカタールのドーハ行きに乗る、というこの時点でかなりの時間つぶしが予想される日程であるが、幸いサンパウロでは親戚家に置かせてもらっている荷物を取ったり、会食したりとなかなかいい感じに予定がある。

そもそも旅行には携帯など端末を持っていかないので、待ち合わせなどある時には人一倍緊張感が増してしまう、それだけ普段携帯慣れしてしまっているのだろう。
例えば初日、親戚の人に
「空港から電話ください。もし電話に出れなかったらまず空港から出て、エアポートバスの何番に乗って、「パライゾ」と運転手に言えばしかるべき場所に降ろしてくれますから、そこで電話ください。」
と言われバスに乗ったまではいいが、車中で見た地図のパライゾ地区はかなり広い、バス停がひとつとは思えない。。。
運転手はオーケーと言っていたが、皆なぜか途中の交差点とか小さなバス停とかで降りてゆく。
「空港バスなんだからもうちょっと大雑把に止まらないの?これじゃあどこで降りたらいいかわからない、もしかしたらもう過ぎてしまったんでは。。。?」
と緊張感が最大になったところで大きなホテル前で降ろされる、となぜか連絡できなかったのに親戚の人がいた。
「電話繋がらずすいませんでした、でもね旅行者の人は大体ここなんですよ、あと飛行機着があの時間だと大体ここかなと、まあというわけでようこそ。」
とおっしゃっていましたが、やはり国土の多くがジャングルのブラジルに住んでいると野生の勘が研ぎ澄まされるんだろうか?
なんて思ったりするくらいのドンピシャ具合だった、その国に持つ第一印象はこうやって作られてゆくわけである。

というわけで、最後の日なのでイタリア以外で一番イタリア系の多いと言われる町?サンパウロ自慢のイタリア人街に行き、ピザなどを食べながら旅行の話などをする(アメリカのイタリア系の人が作るものに比べるとややチーズが多めだった様な)。
そして空港行きのバスが出ている大きなホテル前で別れる、しかしバスが来るまでまだ2時間はあるのでホテルのラウンジでビールなんかを飲んでみたりするがホントに来るのかが心配で、ホテル玄関で暇そうにしている女性ポーターに通じないポルトガル語での立ち話がてら入念に確認する。
するといきなりどこからか制服を着たインディオ風の見た目の小柄な男性が現れた。
日本語がうまく、名前はゴンサロといい日本にすんでいたことがあるという、日本人が暇してると同僚に聞いて来たそうだ、自分の部署はどうなってるのか知らないが親切な人たちだ。

しばらく彼の日本での生活を聞いたりしてるうちにそろそろバスが来る時間だが
「玄関前まで来るから大丈夫!」
とポーター連中に言われるままに待つ。
あ、来た、あれかな?そして敷地に入らずにそのまま通り過ぎていった。。。
呆然としている自分、そして焦るポーター連中、一人はパニック状態になりそのまま走って追いかけて行ったが。。。
直後に玄関前に来たタクシーに乗せられ、料金を渡されて、まともなサヨナラも言えずドタバタとその場を去ることになった。
とはいえ治安が良くないのに物価が高く、思ったよりかなりハードな国という印象を持った旅でもあったので、この辺の微笑ましいツメの甘さがブラジルの最後の印象として残ったのはむしろよかったように思う。

2015-01-08

サルバドール(ブラジル)

ペルナンブーコ州都ヘシフェからバイーア州都サルバドールまでバス15時間。
旅程の問題もあり、またもや飛行機にする。
とはいえバスも距離があり実はかなり高い、よって常に変動するブラジルの国内便で運良く安い券が出回ったので素直に怠ける。
さてバイーア、というとなんだか原始的でアフリカン色が強くて、無秩序で、と色々エキサイティングな事を期待していたのだけど、非常にスッキリした近代的な空港が玄関のブラジルで自分が見た街の中でも有数の都会だった。
サンパウロよりは洒落てないけど、リオよりはよほど整理されていて安全な感じがした。

シーズンオフだからか、世界遺産区域であり観光の中心地「ペロウリーニョ」からバスで30分ほどのビーチ区域のキレイな新築ホテルがなぜか一泊4000円だったのでそこにする、もちろん期待し過ぎは禁物だが。
夜に着いたので、慣れない場所での散策はやめて、ホテル裏の大きなショッピングセンターにフードコートを探しに行く。
するとなんとアラビア料理の食べ放題まである(しかし高い。。。)贅沢なフードコートで、もちろん普通のファーストフードもあるから食事場所に困ったときには便利だ。
ブラジルでの昼食はだいたい量り売り(昼のみ)をその辺の食堂で食べるのだが、品数と品質はわかりやすく各店の値段設定に比例している。
大体どこでも旅行中は野菜を採りずらく、量り売りにはサラダから米、パスタ、魚、肉など一通りあるが、夕飯に野菜を食べるのが難しいので、だんだん皿の半分は野菜を盛るクセがつく。
インドでは油断して、下痢ばかり警戒し(当然下痢もあったけど)逆に野菜不足で便秘に苦しむという失態を演じたため、それから漢方下剤を持ち歩くようになったが、ブラジルではほぼ使わずにすんだ。
ちなみに同じインドでも菜食文化中心の南インドでは野菜料理が中央、北インドに比べて安くて助かったのを覚えている。

サルバドールのあるバイーア州ではアフリカからの強制移民が多く、従って宗教的にもアフリカの土着宗教とキリスト教の融合宗教も盛んで、その総本山として有名なボンフィン教会という場所に行くのをトライしてみた。
実は一度間違ってビザ無しでブラジルに行き、その足での帰りの便を空港で12時間待った時に唯一買ったお土産がその教会のお墨付き(?)の布の腕輪なのだけど、そういった経緯もあり是非とも行きたいと思ったのもある。
ペロウリーニョという中心街からバスで行けるらしいので、まだ閉館まで1時間半もあるので前のバーでカイピウォッカを飲む。
すると会計時に明らかに割高な値段を言ってきたので、正規の値段に近くさせるムダな交渉に力を使い、一休みしたのを後悔しつつ早々と目的地に行くことにする。

するとなんとバスが完全な渋滞にはまり1時間半以上かかり閉館。。。
しかしライトアップされた教会はなかなか美しいので見ていると、例の腕輪を売りつけようと老人が接近してくる。
暇だし、もはや油断もしてなかったので、暇つぶしに絡む。
「今は観光シーズンじゃないからホントに安くていいからこのペンダント買わないか?この腕輪も全部あげるから、これならお土産にもいいだろう?あとで願の掛け方も全部教えるからさ。」
そこまでの交渉の段階でかなり面白かったので買う、そして願掛けを実演してもらう。
「出来るだけ、正面扉の前に行って、こう両膝をつくんだ。」
と見せてくれたのがそれまでのインチキ臭さと全く違う真摯な雰囲気だったので、現地人の2面性が垣間見れた感じがしてちょっと得した気分になる(とはいえそれこそパフォーマンスだったのかも知れないが)。

翌日は海岸を散歩していたら急に運動不足な気分になり、ノリで海に入ってみる。
波が強いので皆面白がって上半身だけサーフィンみたいのをやっていたので、やってみたら思ったより体力使うのを発見したので、しばらくやり続けていたら監視員に笛を吹かれたので、ビショビショのまま歩いてホテルに帰る。
夕飯まで外出する気が失せたのでギターを弾いたりする、夕飯は例のフードコートのアジア料理屋でセールになっていた醤油とソースを混ぜたような味付けのYakisobaを食べる。

2014-12-23

ヘシフェ(ブラジル)

ヘシフェとはペルナンブーコ州の州都で電車もかなり網羅されている都会である。
その分ホテルも高いこともあり、オリンダからバスで30分なので、この際通い観光をすることにする。

バス停にいる時にここでもアジア人が珍しかったのか、中学生くらいの女子二人組に暇つぶしに話しかけられる。
「ポルトガル語がよくわからんから、悪いね」
と牽制するが、お構いなしにゲラゲラ笑いながら話してくるから、ここはひとつ会話練習に入ってみる。
片方のポルトガル語がやたらとアフリカンな感じ(知り合いのアフリカ人が話す英語の訛りに似てたので)で聞き取りづらく、もう一人にちょくちょく言い直してもらったりするたびに、なにがそこまで面白いのかゲラゲラ笑われたりしているうちにバスが来たのでさよならする。

途中の道はガタガタで、いくつか渡った川は異臭を放っていていやが応にも都会感を演出してくる。
とりあえずビーチをぶらつくが、リオの海岸から岩山がみえる景色を見たあとなのですぐ飽きる。
歩いて行こうと思うが、人に聞いたら無謀な考えらしいのでバスに乗って旧市街地に行く。
そこはすごく整理されていて、フレボーと言う地元特有の音楽スタイルの博物館まであり楽しめた。
そこからまた1時間ほど歩いて新市街地の方を散歩してみる、雰囲気は物騒だが見てくる人も少なく危ない感じはない。

夜にオリンダに帰ってきて、高台にある屋台村に夕飯の物色に行く途中、打楽器が聞こえてきたので近づいてみる。
すると昼は公園みたいに見えた場所でなにやらウネウネ人影が動いていて、数人が道から見ている。
よく見ると打楽器隊10人くらいをバックにカポエラという伝統舞踊をやっていた。
ラッキーと思いつつも、どうやら皆酒を飲みながらやっているようで興奮度も高く、どことなく不穏というか緊張感も漂っている。
ブラジル人の観光客もあまり近くによって見ようとはしていなく、しばらくは道からみていたが、徐々に数グループが近くで見だしたので便乗する。
間近でみるとやはり酔っているからか、早い蹴りの動作が入るとつい当たったりしてしまっていて(当たると「おお、悪い悪い」みたいに抱き合う)、打楽器と歌の宗教的な感じの繰り返しも妙に興奮を掻き立てる。
しかもなぜかこの後パトカーが来て解散させられてしまう、というどこまでもミステリアスな幕切れであった。

2014-10-25

オリンダ(ブラジル)

ブラジル北東部ペルナンブーコ州の小さな港町であるオリンダは、州都であるレシフェからバスで約30分くらいの世界遺産都市。
内陸中部のベロリゾンチからはとてつもなく遠いので、さすがに飛行機で行く。
レシフェ空港着陸時に見える景色はさすがに山岳地帯とは違い、海とヤシの実の世界が広がっていた。

空港内の観光案内で宿泊施設を調べたところ、レシフェは高いので近くのオリンダに腰を据える事にする。
海岸都市特有の湿った空気を感じつつ慣れない電車に乗り、意外にも都会的な風景を見つつバス停があるという中央駅を目指す。
降りてバスに乗ろうとするが、ちょうどバスが賃上げストライキに入っているようで、炎天下に荷物持ちながら待つのがヤなのもあり仕方なくタクシーを拾う。

よく喋るやけに調子のいいタクシー運転手だが、先交渉なので安心して乗っていると、目的地近くで運転手に道を聞かれた男性がいきなり助手席に乗ってきて70パーセント怪。
宿泊先でチェックインしてる時もなぜか帰らずロビーにいる、90パーセント怪。
そして自分が部屋に荷物を置いて出ようとするとまだいるから、挨拶して去ろうとしたときにやはり100パーセント達成。
「ガイドいらないか?とりあえずもうガイドは始まってるんだけど」
「まずガイドはいらない。そもそも道聞いたらガイドスタートなのか?」
もうその時点ではすでに引っかかっていて、幾許かは払わざる負えないのを自覚していたのだが、とりあえずその金額を最小にするためと、次回から街中で会っても簡単に接近させないためにかなり大げさに抗議したり残念がったりしてみせた。
具体的にはそれまでスペイン語で話していたのをいきなり英語一辺倒に変えて、そいつでも知ってるだろうと思われるようなあまり品の良くない言葉を随所に混ぜて、感嘆したり抗議しつつ値切った金を渡した。
少し油断するとこれだ、文化的な環境の変化に即対応するのは難しい。。。

しかし、そのガイドもどきが自分のギターを見て発した唯一の有力情報「金曜夜のセレナータ」は大分気になったので、その翌日金曜日の夜十時くらいに近くの教会に行ってみた。
すると中世風の服を着た7.8人のミュージシャンが毎週やっているとは思えない手際の悪さでリハーサルなんだか、サウンドチェックなんだか、ウォームアップなんだかわからないようなのを1時間ほどやり、突如おもむろに演奏しながら街を練り歩き始めた、観客も一緒に練り歩くようなので付いていく。
多くは酒瓶を片手に持っているので、そこにいる唯一の東洋人らしき異人種を見逃してくれるわけがない。
酔漢共に散々絡まれつつ(要するに「前を歩いている女性に一緒に話し掛けよう!だからまず飲め」なんだが)、あのガイドもどきの登場に感謝まではしないけれども、オフシーズン観光都市の暇な一夜をタダで潰せたのはよかった。

2014-10-13

オウロ・プレト(ブラジル)

ベロリゾンチからバスで2時間ほどの場所に州最大の観光都市「オウロ・プレト」がある。
意味は「黒い黄金」、近くに「白い黄金」という町もあるそうだ。ちなみにベロリゾンチの意味は「美しい地平線」。
標高が1000メートルを超えるのでかなり寒い、町は中世のごつごつした石畳と小さな路地や教会がとてもよく保存されているいわゆるコロニアル風というやつで、以前訪れたメキシコ内陸部のサン・ミゲール・アジェンデを思い出す。

実はベロリゾンチでは例のバックパッカーと数日間つるんでいたのだが、ある日
「このままではお互い一人旅してる意味がない、明日からは別行動でいこう。」
という意見に達し、それもあってオウロ・プレトに来たのだが、なんと着いてから1時間くらいで再度美術館で鉢合わせてしまった。。。
旅は道連れ?その逆を行ったつもりではあったんだけど。。。

夜に相手の宿泊先で待ち合わせる約束をして、近くの食堂で飲み食いしてたら、横のテーブルに宿泊先にいた女性が一人で座っていたので合流を促す。
その女性はロシアのシベリアから来て、もう半年も南米を渡り歩いているらしいのだけど、アマゾンやら秘境(?)地帯もかなり廻ってきたらしく貴重な体験談を聞かせてもらう。
実はその時まではアマゾン行きも2パーセントくらいは考えていたのだけど、湿気のすごさ、唯一の移動手段である船のボロさ、食事の不衛生さなど、予想を超える過酷さを聞き0パーセントになる。
克服するにはかなりのお金を使わなければならないそうだ。

翌日、夕食前に夜道を歩いていると、ギターの音がレストランから聞こえてきたので覗いてみる。
少し年配のギタリストが一人で器用にボサノバ、ジャズ、スパニッシュ風な曲調を弾き分けていたので、少し高いけど奮発して入ってみる。
時間が早い分お客も少なく、終わった後に話し掛けてきてくれて、一曲弾けというので弾いたら
「ぜひ明日来てほしい、もっと聞きたい!」
と自尊心をくすぐるような事を言われ、翌日演奏に参加する約束をする。
翌日は昼に近くのマリアーナという観光都市に出掛け、夜に帰ってきて例の店にいくとなんと満員。。。
少し気おくれしていると店員には話が通っているらしく、ステージ裏の席を案内してくれたので、ブラジルの名物カクテル「カイピリーニャ(地元の蒸留酒にライムと砂糖を混ぜた飲み物)」を飲みながら待つ。

多少興奮気味な彼になぜか一杯おごってもらい、下手なポルトガル語でどうにかお互いの知っている曲を確認したりして、ステージに上がり2.3曲楽しく演奏する。
すると彼が突然ステージを降りて
「ソロギター聞きたいんだ、またおごるからさ」
まあこっちはいいんだけど、店は大丈夫なのかな?いや、大丈夫なんだろう。
結局30分くらいソロで演奏したのだけど、お店の雰囲気は全く違和感なく楽しんでもらっている様だったし、なにより彼が本当に真剣に聞いてくれていたので弾きがいがあった。